時間外労働に係る監督指導等の見直し
はじめに
2026年8月19日に、厚生労働省から「時間外労働等に係る相談・支援及び監督指導を見直します」と発表がされました。
2.労働基準監督署における対応の見直し
時間外・休日労働時間数のみに着目して1か月45時間以内への削減を求める一律の指導を見直し、各事業場が36協定で定める健康及び福祉を確保するための措置の実施状況を重点的に確認し、確認した状況に応じた必要な指導を行うこととします。なお、個々の事業場の実態を踏まえて、過重労働による健康障害が生じるおそれが高い場合には、引き続き必要な指導を行います。
この発表を受けて、「残業が月45時間を超えてもよくなるの?」「これまでより長時間働いてもらえるようになるの?」といった疑問を持たれた方もいるようです。
結論からいえば、今回の見直しによって、時間外労働の上限規制が撤廃されたわけではありません。
では、何が変わったのでしょうか。
今回は、労働時間に関する基本的なルールを確認したうえで、今回の見直しの内容と、事業主が注意すべき点を解説してみます。
労働時間の基本的なルール
原則は1日8時間・週40時間
労働基準法では、原則として1日8時間、1週間40時間を超えて労働させてはならないと定めています。これが「法定労働時間」です。
ですから、「1日8時間で週5日勤務」は問題ありませんが、次のような設定はできません。
(変形労働時間制を採用する場合を除く)
- 1日10時間で週4日勤務(1日8時間超)
- 1日8時間で週6日勤務(1週40時間超)
とはいえ、業務の繁忙期などを中心に、法定労働時間を超えて働いてもらう必要が生じることはあるでしょう。繁忙期ではなくても、事業を行っていれば急な発注(依頼)や内容の変更などはあり得ます。また、機器類のトラブルや予期しない業務集中など、どうしてもコントロールが難しい場面があるものです。
だからといって、業務の繁閑によって人数を増やしたり減らしたりするのも、現実的ではありません。その結果、「今いる従業員が忙しいときに残業」という手段で乗り越えることになるのです。
ただ、法律では「(法定労働時間を)超えて労働させてはならない」と定められています。では、なぜ世の中では残業が当たり前のように行われているのでしょうか。
時間外労働には36協定が必要
労働基準法には、次のような定めがあります。
第36条(時間外及び休日の労働)
使用者は、(略)労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、(略)その協定で定めるところによって労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
簡単にいうと、「労働者(の代表)が合意していれば、本来は禁止されている残業を行わせることができる」というルールです。
*実際には細かい要件を満たしていないと無効になる可能性があります
このように、労働基準法の第36条に定められている協定なので、「36(サブロク)協定」と呼ばれているのです。
なお、「法定休日」は原則として「毎週少なくとも1回」と定められていますが、やはり36協定によって休日労働が可能になる仕組みです。
時間外労働の上限規制
36協定を締結したからといって、際限なく残業させられるわけではありません。36協定で定める時間外労働にも、法律上の上限が設けられています。
働き方改革による法規制
2019年4月から(中小企業は2020年4月から)、時間外労働に法律上の上限規制が設けられました。
それ以前も、時間外労働の限度時間は厚生労働大臣の告示によって定められていましたが、法律上の規制ではなかったため、抑止効果が限定的でした。
また、36協定に「特別条項」を設けることによって、「特別の事情」がある場合には年6か月まで時間外労働をさせることができました。しかも、特別条項に定める上限時間には、とくに規定がなかったのです。
過重労働による労働災害等の問題を受けて、働き方改革では、時間外労働の上限と特別条項を設けた場合の上限が、それぞれ法律に定められました。
なお、建設事業(建設業者)と自動車運転の業務(ドライバー)等については上限規制の適用が5年間猶予されていましたが、2024年4月から適用されています。
原則は月45時間・年360時間
現在、時間外労働の上限は、原則として次のように定められています。
- 月45時間以内
- 年360時間以内
例えば、毎月45時間の時間外労働を行った場合、年間では540時間となり、年360時間の上限を超えてしまいます。ですから、「月45時間以内であればOK」という考え方も危険です。
なお、36協定で「(1か月に)延長することができる時間数」を「20時間」と定めているのであれば、上限は45時間ではなく20時間となります。
特別条項を設けた場合の上限
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項付きの36協定を締結する場合)には、原則の上限を超える時間外労働が認められます。ただし、その場合でも、次の上限を守らなければなりません。
- 時間外労働は年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計は月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計は、2~6か月の各平均で月80時間以内
- 月45時間を超える時間外労働は年6か月まで
働き方改革以前は「青天井」と呼ばれていた特別条項にも、上限ができたのです。
今回の発表で何か変わったのか
冒頭でも述べたとおり、2026年8月19日に厚生労働省は、「時間外労働等に係る相談・支援及び監督指導を見直します」と発表しました。
見直しの内容は、大きく2つに分けられます。
- 36協定の締結等に関する相談・支援の充実
- 労働基準監督署による対応の見直し
今回の記事を書くことになったきっかけは、2の「労働基準監督署による対応の見直し」です。
何を見直すのか
36協定に関する厚生労働省の指針には、次のように示されています。
労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針
第5条(限度時間を超えて延長時間を定めるに当たっての留意事項)
労使当事者は、時間外・休日労働協定において次に掲げる時間を定めるに当たっては、労働時間の延長は原則として限度時間を超えないものとされていることに十分留意し、当該時間を限度時間にできる限り近づけるように努めなければならない。
この指針を踏まえてのことと推測されますが、時間外労働が限度時間(月45時間)を超える場合などに、月45時間以内への削減を求める一律の指導が行われていたケースもあったようです。
実際、2026年9月15日に公表された「長時間労働が疑われる事業場に対する令和7年度の監督指導結果」によると、対象となった29,150の事業場のうち5,990の事業場(20.5%)において、指導事項に「月45時間以内への削減」を含む指導票が交付されていました。
長時間労働が疑われる事業場に対する令和7年度の監督指導結果を公表します(厚生労働省)
指導の運用は変わる
8月の発表では、この指導方針を見直して、36協定に定めた「労働者の健康及び福祉を確保するための措置」の実施状況を重点的に確認したうえで、状況に応じた必要な指導を行うこととされました。
さらに、過重労働による健康障害が生じるおそれが高い場合には、引き続き必要な指導を行うこととされました。
特別条項付きの36協定には、健康・福祉を確保するための措置(医師による面接指導等)を選択して記載する欄があります。それらが実情に合っているかどうか、そして適切に実施されているかどうかを、再確認しておきましょう。
【参考】健康・福祉を確保するための措置
- 医師による面接指導
- 深夜業の回数制限
- 終業から始業までの休息時間の確保(勤務間インターバル)
- 代償休日・特別な休暇の付与
- 健康診断
- 連続休暇の取得
- 心とからだの相談窓口の設置
- 配置転換
- 産業医等による助言・指導や保健指導
時間外労働の上限規制は変わらない
ここで確認しておきたいのは、見直されたのは労働基準監督署による指導の運用であり、法律で定められた時間外労働の上限ではないということです。
原則である月45時間・年360時間の上限も、特別条項を設けた場合の上限も、何も変わっていません。
さらにいうと、厚生労働省の指針に示されている、「特別条項に定める延長時間を原則の限度時間(45時間)にできる限り近づけるよう努めなければならない」という考え方も、変更されていないのです。
ですから、「月45時間を超えて残業させられるようになった」という捉え方は、適切とはいえないでしょう。
その他の注意点
労働者の健康確保を前提とする
長時間労働が続けば、疲労の蓄積や健康障害につながるおそれがあります。
特別条項を設ける場合の上限となる「単月100時間」「複数月80時間」という数字は、いわゆる「過労死ライン」を基に設定されています。また、時間外労働が月に45時間を超えると、過重労働を原因とする脳・心疾患のリスクが高くなっていくとされています。
今回の見直しでは、月45時間以内への削減を求める「一律の指導」が見直され、各事業場の状況に応じた指導がされることになりました。裏を返すと、月45時間に収まっていたとしても、健康障害が生じるおそれがあれば、指導が行われるかもしれない、ということです。
法律上の上限や36協定に定めた上限を守ることはもちろん、労働時間を適切に把握したうえで、必要な健康確保措置を講じることが重要です。
特別条項は適正に発動させる
原則の限度時間である月45時間を超えられるのは、臨時的かつ「特別の事情」がある場合です。労働者が合意しているからといって、気軽に超えられるものではないでしょう。
毎年のように6か月の上限まで特別条項を適用させていると、残業45時間オーバーが「当たり前」になってくる恐れがあります。その結果、特別条項を発動させる(限度時間を超えて労働させる)場合の手続きも疎かになってしまうかもしれません。
名称どおり「特別」の取扱いであることを忘れずに、手続きも適切に行うように注意してください。
割増賃金も適切に支払う
時間外労働や休日労働を行わせた場合には、法律で定められた割増賃金を支払う必要があります。法定時間外労働は25%以上、法定休日労働は35%以上の割増率が基本です。
また、月60時間を超える法定時間外労働については、50%以上の割増率が適用されます。中小企業では10年以上にわたってこの適用が猶予されていましたが、2023年4月から適用されています。
おわりに
厚生労働省による今回の発表は、時間外労働の上限規制を緩和・撤廃するものではなく、労働基準監督署による指導方法を見直すものです。
序盤でも述べたとおり、繁忙期や予期せぬトラブルなどによって残業が発生することはあり得ます。ただし、労働者の健康障害につながるような長時間労働は避けなければなりません。
事業主のみなさまには、今回の発表をきっかけに、自社の36協定の内容や時間外労働の実態、健康確保措置の実施状況をあらためて確認していただければと思います。
従業員が安心して働ける職場を整備するために、労働時間の適切な把握と労働者の健康確保措置は、今後ますます重要になってくるでしょう。
