「退職給付金サポート」の問題点を社労士事務所として考える

はじめに

メンタル不調を訴えていた社員が出勤しなくなり、しばらく経ってから「傷病手当金の申請をしたい」といってきたと思ったら、またしばらくして退職することになってしまった……

経営者や労務担当者の方であれば、このような話を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

メンタル不調による退職そのものではないものの、関連した内容で2年ほど前に記事を書きました。記事の中で、精神疾患による労災補償が増加傾向にあることに触れています。

働き方改革関連法の施行から5年間における就業環境の変化を統計資料から考える

7月15日に公表された令和7年度のデータでは、「業務災害に係る精神障害に関する事案」はさらに増えてしまいました。令和4年度と比較して約1.5倍になっています。

令和7年度「過労死等の労災補償状況」を公表します(厚生労働省)

厚生労働省の資料から、メンタル不調による長期休職や退職が、実際に増えていることが推察されます。しかし、その中の一部には、巷で横行している「退職給付金サポート」の影響を受けた事例が含まれているかもしれません。

今回は、この「退職給付金サポート」の実態と問題点について、中小企業の経営者や労務担当者に向けて解説してみます。

退職給付金とは

まず前提として、「退職給付金」という名称の公的な制度があるわけではありません。この記事での「退職給付金」は、労働者の退職と関連して社会保険からもらえるお金をイメージしてください。代表的なものとして、次の2つが挙げられます。

(求職者給付の)基本手当

いわゆる「失業保険」と呼ばれるものです。雇用保険から支給されるもので、失業中の人が仕事を探している一定の期間、受給することができます。

傷病手当金

健康保険から支給されるもので、病気やケガで会社を休んでいる間に支給されます。一定の要件を満たせば、退職後も通算して1年6か月まで受給することができます。

これらを組み合わせることで受給期間が長期化され、人によっては数百万円の「給付金」を受け取れるケースも出てくるのです。

退職給付金サポートの何が問題なのか

「退職給付金」という名称は曖昧ながらも、失業時にもらえる社会保険は存在します。そして、適正に受給する分には何ら問題がないのです。また、適正な手続きをしなかったことによる「受給もれ」を防ぐために、社労士などの専門家が手続きのサポートをする必要性もあるでしょう。

では、何が問題とされているのでしょうか。この記事では、次の3点に整理してみました。

悪質なサポート業者の存在

多くの同業者(社会保険労務士)が問題視しているのが、一部の退職給付金サポート業者が提供している「サービス」の内容です。簡単にいうと「退職者に嘘をつかせて給付金の額を増やす」手口の紹介です。

次の2つが、代表的な「裏技」と考えられます。

自己都合退職でなく会社都合退職にする

自己都合で退職した場合、雇用保険の基本手当をもらえる日数は最長でも150日であり、勤続年数(被保険者であった期間)10年未満であれば年齢に関係なく90日となります。これに対して会社都合による退職、つまり解雇された人や退職勧奨された人を含む「特定受給資格者」等の場合、勤続年数(5年以上)10年未満でも120日から240日となります(年齢による)。

受給期間を長期化するために、本来は自己都合であるにも関わらず、離職票には「会社都合」にチェックをしてほしいという退職者は以前から見られました。しかし、最近は手口が巧妙になっているように感じます。例えば、次のようなやり取りです。

社員「体調が思わしくなく勤務がきついです」
会社「どうする? しばらく休む?」
社員「それも迷惑をかけてしまうので……」*自分から辞めるとは言わない
会社「そうですか、では退職されますか?
社員「会社がそれで良ければ従います」
会社「そうですか。わかりました」

このようなやり取りを踏まえて、会社が自己都合で離職票を作成したとしても、本人はハローワークに提出する際に、会社都合と主張するわけです。

このようなやり取りも、サポート業者から教わっているのではないかと推測されます。

精神疾患で働けないことにする

傷病手当金によって「退職給付金」の受給期間が長期化するのは、序盤(「退職給付金とは」)で説明したとおりです。ここで「仮病」として悪用されることが多いのが、うつ病を代表とする精神疾患です。ですが、うつ病などの診断を受けるためには、医学的な根拠が必要です。当然ですが、医師といえども根拠なしに主観だけで診断書を書くことはできないでしょう。

そこで登場するのが、一部の悪質な退職給付金サポート業者と、彼らと提携している「指定のクリニック」です。

また、クリニックの指定まではしないものの、「心療内科等でこのような受け答えをすれば、うつ病の診断を受けやすい」といった「裏技」を指南するようなサポート業者もいるようです。先ほどの「離職票を会社都合にする裏技!」のように、「心療内科でうつ病と診断される裏技!」のようなマニュアルがあるのかもしれません。

退職を考えてしまう時期は、働けなくなるほどのメンタル不調でなくても、多少の不安を抱えているのが普通でしょう。サポート業者はそうした精神的な隙に付け込み、不正受給へと引きずり込んでいくのです。まさに「悪質」そのものといえるでしょう。

退職者側に生じる問題

悪質な退職給付金サポート業者に関わってしまった人には、どのような問題が生じるのでしょうか。

不正受給に対する処分

社会保険は「もしも」に備える公的な保険です。

  • 労災保険:もしも、仕事中にケガをしたら
  • 雇用保険:もしも、失業したら
  • 健康保険:もしも、(仕事が原因でない)病気やケガがあったら
  • 厚生年金保険:もしも、貯金が足りなくなるほど長生きしたら(老齢年金)

保険ですから、受給するための条件はきちんと定められています。例えば、自動車の車両保険に入っているからといって、わざと車をぶつけて保険金で修理するような取扱いが通用しないことは、直感的に理解していただけるでしょう。

社会保険も、このような不正を認めないのが基本的な考え方となってます。

  • 雇用保険の基本手当は、「働く意思と能力があるのに仕事に就けない」人に対して支給されるものです。
  • 健康保険の傷病手当金は、「療養のため仕事をすることができない」人に対して支給されるものです。

ですから、「働く気がないのに求職活動をしているフリをして失業保険をもらう」ことや、「働ける健康状態なのに、働けないとフリをして傷病手当金をもらう」ことは、不正受給にほかならないのです

不正受給が発覚した場合、支給は停止され、それまでに受給した額の全額返還を求められます。さらに、雇用保険(失業保険)の場合は、不正に受給した額の2倍の額を納付させるという、俗に言う「3倍返し」が待っています。

しかし、インターネット広告などで「退職給付金をもらわないと損します!」といった表現を見かけると、悪いことではないかと薄々感づきながらも、誘惑に負けてしまう人が出てきてしまうのではないでしょうか。

悪質業者による二次被害

元々が不正受給をそそのかすような業者ですから、まともな取引は期待できません。

魔が差して退職給付金サポートに申し込んでしまったものの、「(不正に気づいて)解約を申し出たら高額な違約金を請求された」といったケースまであるようです。

【参考】失業保険の給付額等を増やすことができるとうたう申請サポートに注意-不正受給を促すかのようなケースも!-(国民生活センター)

働く意欲の喪失

高額な「退職給付金」は、長期にわたる休職期間が前提となっています。インターネット広告で強調されているような金額を手にするためには、2年程度の休職が必要となるでしょう。失業者に対する給付ですから、就職した時点で退職給付金の受給は終わります。そうなると、「働いたら損」という考え方をする人が出てきてしまうかもしれません。

人(国)をだまして働かずにお金をもらう生活を1年以上続けた人が、簡単に社会復帰できるものでしょうか。人によってはスパッと切り替えて何事もなかったかのように復職できるのかもしれませんが、そうでない人も多いでしょう。

目先のお金に目がくらんで不正に手を出した結果、自分のキャリア形成に大きな傷をつけてしまう可能性もあるのです

これは、人生全体で考えると、「3倍返し」など比較にならないほど大きなダメージだと考えられます。

本当に制度を必要とする人へのしわ寄せ

いうまでもなく、世の中には本当にメンタル不調で長期休職を必要とする人がいます。

そのような人たちが経済的に追い詰められることなく、ゆっくり休んで回復し、再び求職活動を行って再就職へとつながる……そのために健康保険や雇用保険が整備されているはずです。

しかし、悪質な退職給付金サポート業者にそそのかされて不正受給をする人が増えてしまうと、雇用保険や健康保険の審査・運用が厳しくなっていくかもしれません。その結果、「本当に制度を必要としている人たちに社会保障が行き届かなくなる」という、最悪の事態を招く恐れもあるのです。

このように、悪質な「退職給付金」サポートは、退職者本人だけでなく、社会に対しても悪影響を与えかねないのです。

会社はどう対応すべきか

最後に、従業員からの「傷病手当金を受給した上で退職したい」というような申し出に備えて、会社としてどのような対応が必要か考えてみましょう。

まず、医師による診断書を用意した上で傷病手当金の申請を希望された場合は、会社としては粛々と手続きを進めるのが無難だと考えられます。

逆のパターン−−メンタル不調による休職からの復職を目指す従業員に対して−−であれば、会社が指定する産業医等の受診を勧めるなどの対応も考えられます。ですが、退職の意思を固めている従業員が、会社の指定する医師の診断を素直に受けてくれるとは考えづらいです。

事後の対策が難しいからこそ、診断書を出される前、つまり平時からの対策が重要といえます。大きく分けて2つのポイントがあるのではないでしょうか。

従業員への教育

「退職給付金サポート」の利用には、人生を台無しにしかねないリスクがあることを、日ごろから説明しておくことが重要です。

働きがいのある職場環境の整備

また、そもそも「後ろ向きな退職」が生じない職場環境の整備も重要といえます。少なくとも、「嘘をついて社会保険の不正受給をするよりも、多少はイヤなことがあっても今の会社で働くほうが幸せだ」と従業員に思ってもらえるような職場環境を整備することが、最も本質的で根本的な対策といえるのではないでしょうか。

おわりに

不当な手段であっても働かずに楽をして生活したいという思考に従業員が傾かないよう、働きやすく、そして働きがいのある職場環境を整備していくことも、経営者の重要な役割といえるでしょう。

当社も社会保険労務士事務所として、従業員の方々がやりがいを感じながら生き生きと働けるような、魅力的な職場環境づくりのお手伝いができたらと考えています。