働き方改革関連法の施行から5年間における就業環境の変化を統計資料から考える

はじめに

働き方改革関連法の第一弾は、2019年4月に施行されました。ちょうど5年経過しましたので、統計資料などを参考にして就業環境の変化を考察してみます。

【参考】働き方改革関連法による主な見直し内容
(1)時間外労働の上限規制
(2)勤務間インターバル制度の導入促進
(3)年次有給休暇の時季指定義務
(4)月60時間超の残業に対する割増率引上げ(中小企業)
(5)労働時間の客観的な把握の義務化
(6)フレックスタイム制の清算期間延長
(7)高度プロフェッショナル制度の新設
(8)短時間・有期雇用労働者に対する不合理な待遇差の禁止
(9)派遣労働者に対する不合理な待遇差の禁止
(10)待遇に関する説明義務の強化

厚生労働省は、「働き方改革全体の推進」と題して、次の2つのポイントを設定しています。

ポイント1:労働時間法制の見直し
働き過ぎを防ぐことで、働く方々の健康を守り、多様な「ワーク・ライフ・バランス」を実現できるようにします。

ポイント2:雇用形態に関わらない公正な待遇の確保
同一企業内における正社員と非正規社員の間にある不合理な待遇の差をなくし、どのような雇用形態を選択しても「納得」できるようにします。

出所:「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて」(厚生労働省)

今回の記事では、この2つのポイントを基にテーマを分けて、考察していきます。

ポイント1:上記(1)〜(7)
ポイント2:上記(8)〜(10)

ポイント1 労働時間法制の見直し

過労死や精神疾患の原因となる過重労働を抑制するために、時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得義務などが定められました。

年間総実労働時間数の変化

まずは、年間総労働時間がどのように変化したのか確認してみます。独立行政法人労働政策研究・研修機構が公表している資料を用いて、2013年から2022年の10年間における「常用労働者1人平均年間総実労働時間数」をグラフにしてみました。

なお、「常用労働者」の定義は「期間を定めずに雇われている者」または「1か月以上の期間を定めて雇われている者」となっていますので、常勤職員だけでなく、パートタイマーなどの短時間労働者も含まれています。

変化がわかりやすくなるように、1,600時間から1,800時間の範囲を表示しました。

働き方改革関連法の代表的なものである、時間外労働の上限規制が大企業に適用されたのが2019年4月です(中小企業は2020年4月)。グラフを見ると、法施行より前から労働時間は減少傾向にありましたが、施行翌年の2020年に激減しています。

ただし、2020年における労働時間数の激減は、コロナ禍の影響が強いものと考えられます。

脳・心臓疾患に関する労災補償状況の変化

次に、長時間労働による労働災害が減ったのかどうかを確認するため、脳・心臓疾患に関する労災補償状況をグラフにしてみました。こちらは厚生労働省が毎年発表している「脳・心臓疾患と精神疾患の労災補償状況」を基にしています。

青い折れ線グラフが申請件数で、オレンジの棒グラフが支給決定の件数、つまり、労働災害と認められた件数です。

申請件数は2019年まで増加傾向でしたが、2020年に減少しています。ただし、こちらもコロナ禍の影響を受けているのではないでしょうか。

これに対して、支給決定の件数は、2019年以前も減少傾向でした。申請から支給決定までの時間差はあるものの、申請件数が増加傾向にある中で支給決定件数は減少傾向でしたので、長時間労働とは別の原因による脳・心臓疾患が増えていたように読み取れます。

働く人たちの高齢化によって、労働時間にかかわらず脳・心臓疾患のリスクが増加していたのかもしれません。

精神疾患に関する労災補償状況

さらに、精神疾患に関する労災補償状況をグラフにしてみました。脳・心臓疾患と同じ資料を基にしています。

精神疾患についても、2019年より前から申請件数は増加していました。2020年は横ばいだったものの、その後はさらに増加傾向が強くなっています。また、支給決定の件数も増加傾向にあります。

長時間労働が抑制されれば精神疾患の件数は減少するものと考えられますが、結果はそのようになっていません。

ここで、「精神障害に関する事案の労災補償状況(厚生労働省)」に記載されている「精神障害の出来事別決定及び支給決定件数一覧」から、次の2つの原因による精神疾患の支給決定件数を抜き出してみました。

・1か月に80時間以上の時間外労働を行った(青)
・2週間以上にわたって連続勤務を行った(オレンジ)

連続勤務による労働災害は微減にとどまりますが、長時間労働による労働災害は着実に減っているように読み取れます。

では、精神疾患に関する労働災害を増加させている出来事は何なのでしょうか。先ほどの「精神障害の出来事別決定及び支給決定件数一覧」を見ると、直近の資料においてパワーハラスメント(パワハラ)に関する件数が増えていることに気づきます。

そこで、次の3つの原因による精神疾患の支給決定件数を抜き出してみました。

・上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた(オレンジ)
・同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた(青)
・上司とのトラブルがあった(黄)

対人関係のカテゴリには「同僚とのトラブルがあった」「部下とのトラブルがあった」などもありますが、件数が少ないので今回は反映させていません。

*パワーハラスメントの項目は「令和2年5月29日付け基発0529第1号」によって新規に追加されたため、2019年以前はデータがありません。

こうして並べてみると、パワハラを原因とする労働災害の支給決定件数が大きく増加していることが読み取れます。

働き方改革関連法には入っていませんが、労働施策総合推進法の改正によって、2020年6月*よりパワーハラスメント対策が事業主の義務となったことが影響しているのではないでしょうか。

*中小企業は2023年4月より

企業においてパワハラの防止対策が進む中で、パワハラに対する労働者の感度も上がっていったため、パワハラを原因とする申請件数が増えた結果、支給決定件数も増えていったのではないかと推測されます。

なお、パワーハラスメント対策は、セクシュアルハラスメント(セクハラ)対策と妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタニティハラスメント=マタハラ)対策と同時に進められました。

そこで、セクハラを原因とする労働災害(精神疾患)の支給決定件数も確認しておきます。

こちらもやはり、増加傾向にあるようです。

最後に、これまでグラフに反映させていた数字をまとめて、次の2つの合計値(支給決定件数)の推移を確認してみます。

1.長時間労働等を原因とする精神疾患(青)
・1か月に80時間以上の時間外労働を行った
・2週間以上にわたって連続勤務を行った

2.ハラスメント等を原因とする精神疾患(オレンジ)
・上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた
・同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた
・上司とのトラブルがあった
・セクシュアルハラスメントを受けた

こうして見ると、働き方改革関連法の施行も影響してか、長時間労働を原因とする労働災害は減少していることが読み取れます。一方で、対人関係を原因とする労働災害が大幅に増加していることがわかります。

「2024年問題」に比べると世間の関心は薄いように感じられますが、職場における対人関係の改善やメンタルヘルス対策の強化は、今後も大きな課題となっていくと考えられます。

2.雇用形態に関わらない公正な待遇の確保

いわゆる「正規」と「非正規」の間にある、不合理な待遇差をなくしていくために、関連法に「均衡・均等待遇規定」が整備されました。職務内容等が同一であれば同一の賃金を得ることができるという考えから、「(日本版)同一労働同一賃金」とも呼ばれます。

就業者数と65歳以上就業者数の推移

まずは、継続雇用等によって非正規率が高くなる、65歳以上の労働者数の推移を確認してみます。政府統計ポータルサイト(e-Stat)の資料を用いて、2013年から2023年の11年間における就業者数をグラフにしてみました(以下同様)。

就業者全体に比べて65歳以上の数が少ないため変化は目立ちませんが、2019年以前は着実に増加している反面、2019年以降は頭打ちとなっているように読み取れます。

現場の実感としては、近年において65歳以上の労働者が増加しているように感じていたのですが、数字には表れていませんでした。

60代後半でも雇用継続を望む人たちが増えている反面、人口のボリュームゾーンである団塊世代の引退が着実に進んでいる結果なのかもしれません。

男性就業者数と女性就業者数の推移

次に、やはり非正規率の高い女性労働者数の推移を確認してみます。

女性については働き方改革以前から様々な施策で雇用の促進が行われていたこともあって、2019年以前は着実な増加が読み取れます。2020年にいったん落ち込んでいるのは、やはりコロナ禍の影響ではないでしょうか。直近ではまた増加傾向にあるようです。

正規就業者数と非正規就業者数の推移(女性)

さらに、女性を正規就業者と非正規就業者に分けて、就業者数の推移を確認してみます。

傾向の特徴を掴むために、最低値を1,000万人としてみました。こうしてみると、正規雇用の女性はコロナ禍にあっても着実に増加していることが読み取れます。

先述したとおり多様な施策が実施されていることから、女性の正規雇用者が増加している要因も複雑に絡み合っているものと考えられます。

ただ、社労士として中小企業の就業環境を見ている中で、これまで扶養の範囲内で就労を調整していた人たちが、物価高や最低賃金の上昇を受けてフルタイムで働くことを選択しているパターンも多いのではないかと感じています。

正規就業者数と非正規就業者数の推移

最後に、「正規男性」「非正規男性」「正規女性」「非正規女性」の推移を並べてみます。

男女ともに、2020年に非正規就業者の数が減少しています。くり返しになりますが、コロナ禍の影響を受けていると考えられます。その後は多少回復しているようですが、働き方改革の影響がはっきりと読み取れるレベルではありません。

おわりに

労働時間法制の見直しについては、ある程度の効果が出ているように読み取れます。もっとも、施行翌年に始まったコロナ禍の影響を無視することはできないでしょう。また、建設業や自動車運送業務については5年間の適用猶予がありましたので、本格的に効果が表れてくるのは、これからなのかもしれません。

雇用形態に関わらない公正な待遇の確保については、中小企業においては2021年4月から施行されたものもあったせいか、今回の資料では大きな変化が見られませんでした。女性に関しては、むしろ正規雇用の増加が目立つ結果となりました。

そのようなわけで、また5年ほど経ったときに、「働き方改革から10年」をテーマに記事を書いてみるかもしれません。

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