退職代行サービスを考える〜第三者から退職連絡が届いたら会社はどう対応するべきか
はじめに
大型連休が明けて1週間が経ちました。連休明けから、4月に入社したばかりの新入社員からの退職連絡が急増しているそうです。最近の傾向として、退職代行サービスを利用しての退職連絡も増えており、ニュースにもなっています。
そこで今回は、退職代行サービスについて、その仕組みと対応について考えてみます。
*今回の記事は、退職代行サービスを使っての退職連絡を「受ける使用者側」の人たち(経営者や人事担当者)に向けて書いています。
退職代行サービスとは何か
労働者から勤務先企業への退職意思の表明を代行してくれるサービス(事業者による有料サービス)です。
その多くは、ご本人が欠勤またはご本人の休日に、電話やFAXによりご本人に代わり退職したい旨の連絡が来ます。併せて、退職に伴い退職日までの年次有給休暇取得や退職後の雇用保険離職票や源泉徴収票の交付を求めてきます。
退職代行サービス事業者について
大きく分けて、法律事務所(弁護士)が行うものと、一般事業者が行うものに分かれます。どちらかといえば後者の一般事業者が行っているケースが多いです。法律に詳しい方は、ここで一つ疑問が生じると思います。
弁護士法では、弁護士でない者が報酬を得る目的で代理行為を行うことを禁止しています。これを行うと非弁行為となり処罰の対象となります。一般事業者が退職代行を行うのは、それに抵触するのではないか? という疑問ですね。
一般事業者の退職代行サービスでは、そのあたりの事情を踏まえて、代理交渉は行わず(行えず)、本人の意思を伝達しているだけという建付けで事業を行っているようです。多くの一般事業者では、非弁行為と見なされることを回避するためか、提供する退職代行事業について「法律事務所が監修」あるいは「労働組合と連携」という表現をしています。
非弁行為か否かの判断は私共の範囲ではないので他に任せるとして、対応上の注意点としては、その退職代行サービス事業者が、法律事務所(弁護士)なのか、それ以外の事業者なのか見分けることだと考えています。
前者であれば、その代行事業者が本人の代理人ですので、退職条件等を含めてその方との交渉や協議、あるいは合意も可能です。後者であれば、その代行事業者は、ご本人の「お使い(使者)」に過ぎないので、交渉や協議、その方との合意は不可能ということになります。その点に注意をして退職意思を検討し、退職手続きを行う必要があります。
退職代行サービスへの対応について
まず前提として、退職の意思表示は受け入れざるを得ないとお考えいただきたいです。「何を身勝手な」とか「なぜ自分で言わないのか」とか、経営者や人事担当者の皆さんのお気持ちは理解できますが、ここは収めていただき、致し方ないとお考えください。
ご本人は、「言い出しにくい」とか「慰留されるのが嫌なので」と思って費用を支払ってまで他者にお願いしています。退職代行ができる前は、このようなケースの多くは、いわゆる「ばっくれ」という形で、連絡もないまま来なくなるケースとして現れていました。
企業側としても退職したいのか、それとも事故や病気等の何らかの理由で連絡もできない状態なのかが判断できず、対応に苦慮していました。身元保証人に連絡したり、同僚に聞いたり、場合によっては自宅に様子を見に行ったりと労力を掛けざるを得ませんでした。そのような「ばっくれ」と比べれば、意思表示はされていますし、代理人なり使者経由で連絡はできますので、同じ退職ならずっとマシなのではないでしょうか。
次いで、基本的な対応フローをお示しします。
1.退職代行サービスからの連絡
FAXならその内容を確認、電話であれば代行事業者の社名、連絡先、担当者名を含めてご本人の希望内容をメモします。希望に即答する必要はなく、折り返し連絡で結構です。
2.退職と希望内容の検討
まず退職自体を受け入れるかどうかの判断。特殊なケースを除き、これは受け入れることが基本となります。
次いで、離職票や源泉徴収票の交付、年次有給休暇の取得、賃金や退職金支給については、あくまで法令や就業規則・雇用契約に沿って判断します。くれぐれも「そんな辞め方をするヤツの希望には応じない(払わない)」と感情的に結論づけないようにしてください。
3.回答内容の通知
退職代行事業者に回答内容を通知します。争いが起きる余地がなさそうであれば、電話で回答することも考えられます。しかし、そうでなければ、FAXやメール、または郵便等、いずれにせよ記録が残る方法が良いです。また、ご本人から退職届の提出がされていない場合には、退職届を提出するよう依頼してください。特に電話による一般事業者の退職代行サービスからの連絡については、退職の意思が間違いなくご本人のものなのかどうか、退職届により確認する必要があります。
さらに、健康保険被保険者証等の回収や、社内に残っている私物等の返還についても、あわせて連絡します。その後、必要な退職手続きを行い終わりです。
例外的に考慮が必要なケース
先述のとおり、退職については労働者本人の希望を受け入れることが基本となりますが、例外的に交渉等が必要な場合があります。
業務の引き継ぎが必要な場合
何らかの仕掛業務(やりかけの仕事)や本人しか判断できない案件などがあり、どうしても業務の引継ぎが必要な場合は、引継ぎ期間の出勤を求める場合があります。しかし、本人は退職代行サービスを利用してまで退職したいと考えているのですから、出社を拒否されてしまうケースがほとんどでしょう。その場合は、引継書等により仕掛業務等の報告を求めましょう。
貸付金等がある場合
貸付金等がある場合は、返済について、どのような方法で行うのか回答を求めます。最終賃金での控除を希望されるような少額な場合は良いのですが、高額ですぐに返済できなかったり、分割返済を希望してきたりする場合には、慎重な対応が必要です。
先に述べたとおり、一般の退職事業者とは交渉や合意はできません。ですから、交渉にあたって、会社側も弁護士などの専門家に依頼する必要が出てくるケースです。
特定の業務、プロジェクトを完了させる前提で勤務されていた場合
当初から特定の業務、プロジェクトを担わせる目的で有期労働契約等により雇用していた場合には、勝手な退職は認められない場合があります。どうしても退職する場合には、それ相応の損害賠償を求めるケースもあります。
この場合も、弁護士などの専門家に相談する必要が出てくるケースです。
おわりに
最後に、私共もここ数年来、退職代行による退職申出を受けたとのご相談を頂くことが多くなっています。基本的には、是々非々で粛々と対応するほかないのですが、一方で、代行業者による退職申出が続くようであれば、企業の組織、風土、文化に何か問題が生じているのではないかと考えるべきでしょう。
たとえは良くないかもしれませんが、「炭鉱のカナリア」という言葉もあります。代行業者による退職申出があった場合は、人事労務管理を見直すきっかけとして前向きに捉えてみてはいかがでしょうか。
*昔、炭鉱作業を進めていく際に、有害性のあるガスなどの有無を確認するためにカナリアを利用していたことから生まれたとされる言葉。作業環境の有害性が高くなってくると、人間よりも体の弱いカナリアが先に反応することから、特定の事象(カナリアの死)から環境の問題点(有害性)があらわになる状況のたとえとなった。今回のケースでは、退職代行を利用する人の存在から、そこまでして辞めたいと考える職場の環境に問題があるのかもしれない……という考え方になります。